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最高裁判所大法廷 昭和35年(オ)362号 判決 1963年10月30日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人浅野亨の上告理由について。

民法三〇〇条は「留置権ノ行使ハ債権ノ消滅時効ノ進行ヲ妨ケス」と規定する。その趣旨は、留置権によつて目的物を留置するだけでは、留置権の行使に止り、被担保債権の行使ではないから、被担保債権の消滅時効の中断、停止の効力を生ずるものでないことを規定したものと解するのを相当とする。従つて、単に留置物を占有するに止らず、留置権に基づいて被担保債権の債務者に対して目的物の引渡を拒絶するに当り、被担保債権の存在を主張し、これが権利の主張をなす意思が明らかである場合には、留置権行使と別個なものとしての被担保債権行使ありとして民法一四七条一号の時効中断の事由があるものと認めても、前記三〇〇条に反するものとはなし得ない。

そして、訴訟において留置権の抗弁を提出する場合には、留置権の発生、存続の要件として被担保債権の存在を主張することが必要であり、裁判所は被担保債権の存否につき審理判断をなし、これを肯定するときは、被担保債権の履行と引換に目的物の引渡をなすべき旨を命ずるのであるから、かかる抗弁中には被担保債権の履行さるべきものであることの権利主張の意思が表示されているものということができる。従つて、被担保債権の債務者を相手方とする訴訟における留置権の抗弁は被担保債権につき消滅時効の中断の効力があるものと解するのが相当である。固より訴訟上の留置権の主張は反訴の提起ではなく、単なる抗弁に過ぎないのであり、訴訟物である目的物の引渡請求権と留置権の原因である被担保債権とは全く別個な権利なのであるから、目的物の引渡を求むる訴訟において、留置権の抗弁を提出し、その理由として被担保債権の存在を主張したからといつて、積極的に被担保債権について訴の提起に準ずる効力があるものということはできない。従つて、原判決が本件の留置権の主張に訴の提起に準ずる時効中断の事由があると判断したことは、法令の解釈を誤つたものといわなければならない。

しかし、訴訟上の留置権の抗弁は、これを撤回しない限り、当該訴訟の係属中継続して目的物の引渡を拒否する効力を有するものであり、従つて、該訴訟が被担保債権の債務者を相手方とするものである場合においては、右抗弁における被担保債権についての権利主張も継続してなされているものといい得べく、時効中断の効力も訴訟係属中存続するものと解すべきである。そして、当該訴訟の終結後六ケ月内に他の強力な中断事由に訴えれば、時効中断の効力は維持されるものと解する。然らば、本件留置権の主張は裁判上の請求としての時効中断の効力は有しないが、訴訟係属中継続して時効中断の効力を有するものであるから、本件につき被担保債権の時効は完成しないとして、留置権の存続を肯定した原判決の判断は、結局これを正当として是認し得るものというべきである。

上告人の上伸書と題する書面記載の上告理由について。

所論は、原審の専権に属する事実認定、証拠の取捨判断に対する非難ないしは原審の認定しない事実を前提として、原判決を攻撃するものであつて、採用できない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官山田作之助の意見あるほか、全裁判官一致の意見により主文のとおり判決する。

裁判官山田作之助の意見は次のとおりである。

一、被上告人は、本件において、上告人の係争株券返還の請求に対する抗弁として、該株券について上告人に対して金七万五千円也の立替金債権があることを原因として、留置権を主張し、所謂留置権の抗弁を提出したのである。原審は、この留置権の抗弁につき審理の結果、被上告人主張の金七万五千円也の立替金債権の存在する事を確定し、その結果、主文において「被告(被上告人)は原告(上告人)より金七万五千円の支払を受けるのと引換に原告に対し訴外加藤甚六名義の訴外株式会社台湾銀行旧株式七百九十四株及び同新株式七百九十四株式を引渡せ」とした第一審判決主文をそのまま維持しているのである。

二、被上告人の本件留置権の主張は、訴訟物としての権利の主張でないことは勿論ではあるが、少くとも、訴訟手続において、自己に請求権あることを主張し、右について裁判所の審理判断を求めているものであることはいうまでもない(裁判所は、この抗弁が提出されたるときは、その基本の権利の存否につき審理判断すべき責を負担するのである。)しかも、訴訟における審理判断の過程は、訴訟物となりたる権利関係についての審理判断をなすと少しも異なるところがないのであるから、かかる抗弁の提出は、訴の提起ありたるに準じて取扱われてしかるべきものと考える。多数意見が、この点につき、単に催告の効力のみを認めていることには、にわかに賛同することは出来ない。

三、被上告人が、本訴において抗弁中主張した、上告人に対する金七万五千円也の立替金債権については、裁判所が審理判断した結果、その存在を認め、判決主文において、その金額を明示しているのであるから、その債権関係を確定しているものといわなくてはならない。

四、このように、裁判所の審理判断を経、判決主文でその債権関係が確定明示された債権についての、所謂時効中断の関係を考えてみると、それが訴訟物として争われたる権利関係たると、抗弁として提出された権利関係であるとを問わず、裁判所の審理判断を受け、判決主文において明示されているという点については変ることがないのであるから、いずれも、民法一四七条ノ二に所謂「判決ニ依リテ確定シタル権利」に準ずるものとして取扱うのが相当であると考える。そうして、その権利は同条の規定による判決確定後十年の時効により消滅するものと解すべきである。多数意見が「判決確定後六ケ月以内に更に有効なる時効中断の手続をとるを要する」としているのは、前示民法一七四ノ二の立法理由から考えてみても、また訴訟経済の点からするも、たやすく賛同することが出来ない。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 斉藤朔郎 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 長部謹吾)

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